00. INTERVIEW
インタビュー
01. WIDEFOOD株式会社
代表取締役 伊藤 直之さん
この度、当社ウェブサイトの特別企画として、扇屋商事株式会社 代表取締役社長 相田弘美と、株式会社WIDEFOOD 代表取締役社長 伊藤直之様との対談が実現しました。長きにわたり地域に根差した「肉のいとう」を、新たな時代に合わせた「食」の総合企業へと進化させている伊藤社長。その挑戦の軌跡と、地域社会への熱い想いを、弊社社長の相田が深く掘り下げます。
地域と共に未来を拓く「食」の挑戦:伊藤社長と相田社長が語る、新たな事業の可能性
「仙台牛ハンドレッドバーガー」に込められた情熱:
地元愛から生まれた逸品

相田: 伊藤社長、本日はお忙しい中、ありがとうございます。実は私、子どものころ「肉のいとう」さんのある米ケ袋に住んでおりまして、母が毎日のように買い物に通っていたんです。親子三世代で「肉のいとう」さんのお肉で育ったと言っても過言ではありません。近年、様々な事業展開をされている中で、最近話題の「仙台牛ハンドレッドバーガー」は、私も大好きで、その美味しさに大変感動いたしました。
伊藤: ありがとうございます。扇屋商事さんには昔から父も肉のいとうを利用していただき、大変お世話になったと申しておりました。ハンドレッドバーガーは、アーティストのMONKEY MAJIKの皆さんと一緒に試作を重ねたんです。特にブレイズさんがハンバーガーをとてもお好きで、「ぜひ仙台牛のハンバーガーを作ってみたい」というお話からプロジェクトが始まりました。仙台牛100%のパティ、仙台味噌をベースにした特製ソース、宮城県産の野菜、そして錦ヶ丘にあるパン店さんのご協力で開発したオリジナルバンズ。MONKEY MAJIKの25周年記念イベントに合わせて、本当に何度も試作を重ね、皆が納得できる商品が完成しました。
相田: MONKEY MAJIKさんとのコラボレーションは、仙台の皆さんの心に深く刻まれたことでしょう。地域を愛する皆様の情熱が、この素晴らしいハンバーガーに凝縮されているのですね。
東京でのキャリアから「食」の未来へ:
伊藤社長を突き動かした「東北衰退の危機」
相田: 伊藤社長はもともと東京で活躍され、Uターンするご予定はなかったとお聞きしております。そこから家業を継がれるという大きな決断に至った思いを、ぜひお聞かせいただけますでしょうか。
伊藤: はい、正直なところ、仙台に戻ってくることは一切考えていませんでした。大学卒業後、ソフトバンクに入社し、経営管理部門で働いていたのですが、入社7年目に東日本大震災が起きました。会社のプロジェクトで被災地に入った際、壊滅的な状況を目の当たりにして、このままでは「東北衰退の危機」だと強く感じたんです。
その一方で、幼少期から親しんできた仙台牛について深く調べてみると、実は非常に質が良く、生産量も多いことが分かりました。しかし、ブランドとしての知名度が圧倒的に低い。なぜだろうと疑問が湧くと同時に、これは全国、そして世界に通用するブランドになれるのではないか、と可能性を感じたんです。そうした思いから、肉のいとうの事業を通して、地元の雇用創出や産業育成に貢献したいという気持ちが募り、家業を継ぐ決心をしました。
相田: 震災がきっかけで、故郷への深い愛と責任感が芽生えたのですね。素晴らしい決断だと思います。すぐに退職して戻られたのですか?
伊藤: いえ、まずは視野を広げ経営を学ぶために2年間ビジネススクールに通い、MBAを取得しました。このステップは私にとって本当に大きな経験でした。多様な業種・業態の同級生たちとのディスカッションを通じて、異なる意見を理解し、自分の意見を効果的に伝える方法を深く学びました。
ソフトバンク時代も、経営管理本部では常に高いレベルのアウトプットを求められ、思考訓練の連続でした。20代の私が他部署の本部長クラスにコスト削減を提案するような場面もあり、いかにロジカルに、具体的な提案と合わせて相手に納得してもらえるかを経験し、非常に鍛えられたと思います。経営者という立場には、交渉力とコミュニケーション力、そして強靭な精神力が必要だと感じていますが、それらは前職とビジネススクールで培われたものだと思います。
相田: 伊藤社長の経験を糧にした、戦略的な学びへの姿勢に感銘を受けました。私ども扇屋商事の基幹事業であるアミューズメント業界は、社会の変化に伴ってニーズが多様化しており、今後、あらゆる世代に向けた新規事業を検討していくことが当社の大きな課題です。伊藤社長の経営手腕と先見の明は、まさに私たちの経営課題とも重なる部分が多く大変勉強になります。

お客様の声が拓く新たな扉:
多角化の先に描く「食」の可能性

伊藤:飲食業に参入した理由の一つは、コロナ禍で飲食店やホテルから当社へ転職してきた人材を活かした事業を始めたかったこと。もう一つは、「お酒を飲みながら肉のいとうのお肉を食べたい」というお客様の温かい声が非常に多かったことです。仙台牛の質には絶対的な自信がありますから、いつかは挑戦したい領域でした。全国的にも有名な今半さんや柿安さんのように、精肉店からスタートして挑戦すべき事業領域は飲食だと考えました。
新規事業を進める上で常に意識しているのは、まずは自分自身でやってみること、そして全体像を俯瞰することです。任せられる人材がいるか、収益性はどうかなど、「やりたい」だけで突っ走らないよう、冷静に見極めています。ソフトバンクの孫正義会長もよく仰っていましたが、撤退のラインを見極める重要性も常に意識しています。思ったように進まない場合に、次の勝負ができる段階で決断することも大切です。
相田:お客様の声に耳を傾け、それを事業の原動力にされているのですね。そして、撤退の基準まで明確にされていることに、経営者としての冷静な判断力を感じます。
地域資源を守り、想いを継ぐM&A:
未来への温かい眼差し
相田:M&Aは互いのリソースを掛け合わせることで、新たなメリットを生み出す重要な戦略だと考えております。伊藤社長も積極的にM&Aに取り組んでいらっしゃいますね。
伊藤:はい、2022年以降、福島県の鶏肉製造加工販売会社、石巻の老舗精肉店、そして岩手県一関の餅料理店のM&Aを実施しました。M&Aで実現できるのは、当社の弱点補強だけでなく、相手企業の課題を解決し、貴重な地域リソースを守ることだと考えています。これら3社は、それぞれ独自の魅力ある商品を持ち、従業員も顧客もいながら、後継者不在という決定的な課題を抱えていました。
M&Aの際に私が最も意識するのは、「元経営者の思い」をつなぐことです。M&Aを行った前社長の皆さんには必ず、「もし20年前に戻れるとしたら、何をしていましたか?」と尋ねるようにしているんです。そうすると、例えば福島県の鶏肉加工会社は、創業56年の歴史がありながら地元での知名度が低いという課題を抱えていました。処理場は一般消費者に見えにくい仕事ですから。そこで、社名を分かりやすいものに変更し、パンフレットや動画を制作してPRに努めた結果、市のふるさと納税に採用され、認知度が拡大しました。
また、一関の餅料理店は、歴史ある旅館から飲食店に業態を変えたものの、高額な建築費による借入負担とコロナ禍での観光客激減に苦しんでいました。70代のご夫婦で経営されており、物販や通販を展開したいという思いがあっても、人手や設備、ノウハウが不足している状況でした。その「やりたかったけどできなかったこと」を、WIDEFOODのリソースで実現できないかと検討し、実際に事業再構築補助金を活用して物販や通販の立ち上げを進めています。
相田:元経営者の方々の「思い」に寄り添い、それを自社のリソースで実現されていく考え方に深い感銘を受けました。単なる事業の拡大に留まらず、地域に根差した企業の歴史や、そこで働く人々の生活、そして何よりも前社長の「夢」を未来へとつなぐ、温かいM&Aですね。私たちもまさに全く同じ想いです。

「100のやりたいこと」のその先へ:
地域と共に未来を創造するパートナーシップ

相田:入社時に「100のやりたいこと」という長期経営目標を立てられたとお伺いしましたが、現在の進捗はいかがでしょうか?
伊藤:現在、36個達成しました。この100個は並列ではなく、「一つの扉を開けると、その先に二つ、三つと新たな扉がある」ロールプレイングゲームのようなイメージなんです。例えば、2年半前に最初のM&Aを実施したことは、私にとって非常に重要で大きな扉を開けました。かなりのチャレンジでしたが、決断したことで大きく前進できました。
仙台牛のプロモーションに関しても、かつて宮城県のプロモーション施策に対し、「特別なもの」という印象だけが先行してしまうことを懸念し、より親しみやすい伝え方が必要ではないかと、県に意見をお伝えしたこともあります。代わりに、「スーパーや焼肉店での仙台牛のぼり・シールの設置」「新規取扱店への仕入れ価格補助」「消費者への割引還元」「宮城県外の著名人をアンバサダーに起用する」といった具体的な提案をしました。他の有名ブランド牛との比較が不足していた点も指摘し、通販サイトのライバル企業を集めて「仙台牛」というキーワードでの検索数向上を図ったこともあります。これからの目標としては、売上100億円を次の「大きな扉」として設定しており、その先には上場やM&Aの加速、必要な人材の充実といった、さらなる扉が開くでしょう。
相田:具体的なご提案と、その実現に向けてのアクション、そしてその先のビジョンまで明確に語られるお姿に、伊藤社長の「地域への並々ならぬ貢献意欲」と「未来を切り拓く力」を強く感じました。
私が昨年12月に扇屋商事の代表取締役社長に就任した際、「人が集い、心が豊かになれるコミュニティを提供したい」という思いを掲げました。近年、社会課題となっている「社会的孤独」の解決に貢献したい。子どもから高齢者まで自由に集い、コミュニティが広がる複合施設、充実した時間を過ごせる場の提供など、夢は広がっています。例えば、廃校となった小学校を改装して、子供から大人までが楽しめる宿泊施設や体験型のアミューズメント施設にするなど、伊藤社長のお話からも新たな発想をいただきました。
「肉のいとう」さんが、これまでの地域に愛される精肉店から、食の総合企業へと力強く進化されているように、私たち扇屋商事もコーポレートスローガンである「モアチャレンジ・カンパニー」の体現に向け、基盤であるアミューズメント事業の充実に加え、地域の皆様と手を携えて互いのリソースを活かせるM&Aや多角化により、地元仙台をより充実した街に、明るい街の未来に貢献していきたいと強く願っております。
対談を終えて
相田:本日は伊藤社長の発想力、行動力、そして何よりも地域への深い愛情に大変感銘を受けました。多角化戦略の真髄から、M&Aにおける元経営者の「思い」の継承、そして仙台牛のブランディングへの提言に至るまで、大変貴重なお話を伺うことができました。これからもぜひ、伊藤社長から多くのことを学ばせていただきたいと存じます。本日は本当にありがとうございました。


取材協力:
株式会社WIDEFOOD 代表取締役社長 伊藤 直之 氏 大学卒業後、ソフトバンク株式会社に入社。経営管理部門を経て、東日本大震災を機に故郷である仙台へUターン。家業である「肉のいとう」を株式会社WIDEFOODとして法人化し、代表取締役に就任。MBAで経営を学び、精肉販売、通販、惣菜、飲食店経営、M&Aなど多角的な事業展開で「食」の未来を創造する。
扇屋商事株式会社 代表取締役社長 相田弘美 仙台白百合学園中学・高等学校を経て、上智大学 経済学部 経営学科卒業後、扇屋商事株式会社に入社。
昨年、同社 代表取締役社長に就任し、「モアチャレンジ・カンパニー」の体現に向け事業の多角化を創造する。
※本記事は、2025年6月17日に行われた対談を元に編集構成したものです。
