Interview
井ヶ田社長と相田社長が語る、創造的発想の源泉
02.井ヶ田株式会社
代表取締役 井ヶ田 健一さん
Interview
伊藤社長と相田社長が語る、新たな事業の可能性
01. WIDEFOOD株式会社
代表取締役 伊藤 直之さん
Interview
Vol3
INTERVIEW
インタビュー
02. 井ヶ田株式会社
代表取締役 井ヶ田 健一さん
特別企画第二弾は、扇屋商事株式会社 代表取締役社長 相田弘美と、お茶の井ヶ田株式会社代表取締役社長 井ヶ田健一様の対談です。100年を超える歴史と伝統を背負いつつ、新領域への挑戦を続ける4代目・井ヶ田健一社長。弊社社長の相田がそのチャレンジ精神の源泉に迫り、未来への展望を語り合いました。
老舗企業が挑む新機軸
井ヶ田社長と相田社長が語る「創造的発想の源泉」
ピンチに向き合い腹を括る
老舗の歴史を背負う覚悟
相田)井ヶ田社長、本日はお忙しい中お越しいただき、ありがとうございます。お茶の井ヶ田さんといえば宮城で長く愛される老舗。初売りの茶箱を求めて行列ができるのはお正月の風物詩ですが、私にとって一番の思い出は抹茶ソフトクリームの発売です。当時中学3年で、友だちと行列に並んで買って食べるのが楽しみでしかたなかったです!
井ヶ田)ありがとうございます。抹茶ソフトの発売は1993年。仙台駅の観光案内所で「アーケードの井ヶ田でソフトクリームを食べるといい」と薦めてくれるほど、名物になりました。その後「お茶屋ならではのスイーツを」とさまざまな商品開発を進め、現在の看板商品である喜久福を出したのが1998年。仙台出身のお笑いコンビ・サンドウィッチマンさんはじめ、多くの芸能人がテレビで紹介してくださり全国に評判が広まりました。コロナの苦しい時期には、連載マンガ「呪術廻戦」で登場人物が喜久福を購入する場面が掲載されたことをきっかけに、コラボ商品を開発し若い世代に買ってもらったりと助けられました。皆さまに愛される商品に育ってくれました。
相田)私は新幹線に乗る前にいつも喜久福を買います。乗っている間にちょうどいい具合に溶けておいしいんですよ。井ヶ田社長は東京からUターンして入社されたと伺っています。
井ヶ田)大学入学時に上京し、東京で就職。社会人3年目のとき祖父が亡くなり、いずれ事業を承継する思いはありましたので、戻って入社しました。父を継いで4代目社長に就任したのは2012年、30歳のときです。
相田)30歳の若さで、100年を超える老舗企業を率いる覚悟は、どのようなものでしたか。
井ヶ田)正直、覚悟などなくて……。前年の震災で喜久水庵で多賀城本店が甚大な被害を受け、再建に向けて必死だったとき急に伝えられたので、目の前のことをやっていくしかありませんでした。ただ、震災のダメージから抜け出すと、次はコンビニ各社のスイーツ攻勢に押され、その後、お茶工場で火災が起き、さらにコロナで売り上げが激減するなど逆境が続きました。ピンチに陥ると腹を括らざるを得ない。徐々に覚悟が生まれてきました。
相田)「ピンチを乗り越えて覚悟が生まれる」という実感を伴った言葉、重みがあります。
農作物直売という挑戦
地域に眠る力で地域を活性化する
相田)秋保温泉で運営されている「秋保ヴィレッジ アグリエの森」は、観光・食・体験が融合した複合施設としてユニークな存在で、常に賑わっていますね。立ち上げの経緯をお聞かせいただけますか。
井ヶ田)もともとは先代である父の構想です。当社では5年に一度、社員が会社の将来像を思い描いた「夢手帳」を制作するのですが、創業80年のときの手帳に父が「観光立脚型の物産館をつくりたい」と書いていました。まだ喜久水庵が2店しかなかった時代ですが、事業を拡大しながら「いつかは」と考えていたのでしょう。実現したのはそれから15年後の2014年です。
初めての事業として農作物の直売に挑戦しました。秋保地区は美しい里山でありながら、離農者と耕作放棄地の増加という課題がありました。地元に直売所があれば生産者の収入を少しでも支え、辞めずに農業を続ける人が増え、農地や里山風景が残せるのではないか。そして日常使いの新鮮な野菜が買えるなら、遠方からの観光需要だけでなく仙台からの集客も見込めるのではないか。事業としての利益は少ないですが、やってみる価値はあると考えました。おかげさまで集客は順調で、出荷農家も当初の50軒程度から250軒まで増えました。お茶、お菓子などの販売、フードコートと関係事業者数が多く、これまでにないマネジメントが必要になっていますがうまくかみ合わせていきたいと考えています。
周辺には同時期にオープンしたワイナリー、近年はブルワリーや個人の飲食店が続々進出して賑わいが生まれ、地域ブランドも向上しました。秋保ヴィレッジの開業時はまだ「点」の集まりだった秋保温泉が、今は魅力の面的な広がりによって回遊性が高まっていると実感します。
相田)地域の魅力を掛け合わせて地域とともに成長する、まさに地域共創の場となっているのですね。確かに昔は旅館に一泊して翌朝すぐ仙台に帰るイメージでしたが、秋保ヴィレッジができ周辺に魅力的なお店が増えたことで、滞在時間は圧倒的に伸びていると思います。また、2027年の開業が予定されている「道の駅しろいし(仮称)」へも事業参加されるとお聞きしました。
井ヶ田)別の事業者とグループを組んでプロポーザルに応募し、受託しました。道の駅は、秋保ヴィレッジでの経験と培ったノウハウを生かせる業態。今回の施設は国道4号沿いで、かつ東北自動車道からも直接入れるロケーションです。非常にポテンシャルが高くさまざまなチャレンジができると考えています。
正解が経営陣にあるとは限らない
現場の発想に耳を傾ける
相田)御社は新しい分野にも積極的にチャレンジされています。新規事業に挑む際、何を大切にされていますか。
井ヶ田)経営陣が絶対的な正解を持っているわけではなく、社長一人の考えで事業を展開できる時代でもないと思っています。ですから現場から出るアイデアや意見、外部人材のアドバイスもどんどん取り入れます。
現在、東京都内のJR駅で定期的に催事出店を実施していますが、これはもともと仙台市の人材育成研修に送り込んだエリアマネージャーの発案です。東京駅構内への常設店進出を将来的な目標として、首都圏での認知向上に取り組んでいるところです。
好調なずんだシェイク自販機は私が発案しましたが、パウチの製造を自動化できる機械を探して提案してきたのは社員です。私は手作業の大変さを知らずに「売れているのだから増産すればいいんじゃないか」と話すと、現場から「これ以上は無理です!」と。「このような機械がいくらで買えるから購入してください」と言われて入れてみると、大いに負担を軽減でき効率も上がりました。
相田)社員の方が提案しやすい空気を社長が醸成されているのだと思います。すばらしいことですね。SNSもうまく活用されています。
井ヶ田)実は最初はアカウントを作っただけでほとんど手を付けていなかったんです。フォロワーはわずか数十人。コロナ禍にお土産需要が激減しどうしたものかと考えていたところ、当時の広報担当者がSNSを活用してプレゼント企画をどんどん打ち始めた。さらに「送料込みで3割引き」などという企画まで。彼は「社長に許可をもらいました」と言うけれど、私はどうも聞いた覚えがないんですがね。しかしこれが幸運にもインターネットのまとめサイトに転載され、結果、合わせて500万円の受注に結びつきました。担当者は「広告費ゼロですよ!」と得意満面でしたよ。その後、呪術回線のコラボもありフォロワーが7万人にまで増えました。余談ですがこの担当者はその後独立し、現在も外部人材としてSNSの運用を一任しています。社会的感覚に優れた人材で、非常に助かっています。
相田)退職された方と外部人材として新たに契約されたのですね。柔軟な社風を垣間見る思いです。他にも外部人材を活用されているとか。
井ヶ田)コンサルタントなどの伴走支援を積極的に受けています。通販事業の拡大を目指した広報戦略では、全国の地方紙への広告を活用しました。最初にお得に購入してもらい、リピーター獲得へつなげるアフターフォローの強化などは、自社だけでできることではありません。また呪術回線とのコラボの際も、さまざまなアドバイスをいただきました。コンサルタントは相性の良しあしや、すぐに成果に結びつきづらい点がありますが、新たな視点や気づき、自社にはない知見を得られることは大きな価値です。
人材は宝
多角化の鍵は社員の挑戦意識と能力向上
井ヶ田)扇屋商事さんも事業の多角化を進めておられますね。
相田)私は代表取締役社長へ就任した際「人が集い、心が豊かになるコミュニティを提供したい」という想いを掲げました。社会の孤独感が課題となっている今、地域の方々が安心して集い笑顔で過ごせる場所を増やすことは、私たちの使命と考えています。祖業であるアミューズメント事業の充実に加え、今後は総合エンターテインメントも強化し「居場所創造企業」を目指します。今年3月末には仙台駅東口に「eスポーツスクール」を開設予定です。また新規事業として、AIカメラ「ボルテックス」の総代理店として販売事業を本格化させます。不審者やクマへの対策など幅広い活用事例を提案し、地域の安全に貢献していきたい。多角化に向けて重要な一年になると気を引き締めているところです。
井ヶ田)新規事業の立ち上げには社員の相当なレベルアップが必要です。扇屋商事さんは変革を推進し、社員の挑戦意識と能力の向上を実現されてきたからこそ、多くの新たなチャレンジができるのだと思います。
相田)ありがとうございます。eスポーツの大会に出ている社員や、健康マージャンのプロ資格取得を目指している社員がいるなど、実は一人一人がさまざまなスキルを持っています。「新規事業をやりたい」と私が発信すると、社内から多様なアイデアが上がってきて心強く感じています。
井ヶ田)分かります!うちでも呪術回線のコラボの際、アニメ好きの社員が嬉々として取り組み、いい仕事をしてくれました。人材は宝ですね。
日々小さな変化を起こし
時代の激変を味方につける
相田)今後の目標をどう描いておられますか。
井ヶ田)具体的な数字としては2030年に売上高100億円を目標としています。達成するための要素として、新規事業である白石市の道の駅、拡大に力を入れる通販と首都圏進出、卸部門も具体的な成長ポイントをさらに設定できると考えています。海外での販売はアジアを中心に単発の案件で実績を積み重ねている段階。流通量などを注視して今後の展開を検討します。社内的には基幹システムを新たに導入し、経営資源の有効活用や業務効率化に取り組んでいます。業界全体で抹茶ともち米の調達難が懸念されており、今後は原料確保も一つのキーワードになると思います。
変化の激しい時代に企業を存続・発展させるためには、こちらも常に変化し続ける必要があります。小さなことでいいから、あらゆる部門のあらゆる立場の社員が「昨日やっていなかったこと」に取り組む。その繰り返しがしなやかで強い体質を育て、外からの急激な変化さえ味方につけることにつながると思います。私の役目は、社員が自由に発想できる職場づくり、提案しやすい環境、聴く耳、「まずやってみよう」という実行力
を醸成していくことです。
相田)100年企業でありながら100億円という明確な目標を掲げておられる点に経営への強い意志を感じます。
106年の伝統と新たなチャレンジとのバランスは、どのように考えておられますか。
井ヶ田)ありがたいことに初売りの茶箱は、お茶の井ヶ田だけでなく仙台のお正月のシンボルとしても愛していただいています。親子三代で通ってくれる方や、若い社員を孫のようにかわいがってくれるお客様もいらっしゃいます。伝統は今日明日にできるものではないですから、大切にしたい。しかしそれは「変えない」ということではありません。「あの井ヶ田が、こういう新しいお菓子をつくるんだね」と喜んでもらえる商品づくりを目指します。
相田)御社の社是の冒頭に「全従業員の幸福の追求」を明記されていることに、胸が熱くなりました。
井ヶ田)10年ほど前、稲森和夫さんの経営哲学に共感してこのように社是を改定しました。楽しみながら生き生きと仕事をする人が、会社を牽引してくれる。その環境をつくることが重要だと思っています。
相田)共感します。私も、幸福な社員が会社を元気にしていくと考えています。就任以来「働きやすさ」をテーマに休暇制度改革や業務効率化を進めてきましたが、今はより「働きがい」にシフトして社員の幸福度向上を意識しています。社のビジョンに掲げる「お客様の居場所(サードプレイス)」は、従業員にとっては「セカンドプレイス」。その場所での従業員の充実度や幸福度を上げていこうと、多様性、個性を尊重するためオフィスカジュアルを導入し、髪の色や男性のネイルなどを含めた身だしなみも自由化しました。「自分らしく働きたい」という社員を信じて任せてみようと考えました。オンの充実がプライベートの充実につながり、良い循環を生み出してほしいです。
対談を終えて
相田:井ヶ田社長のお話から、社員一人ひとりの声を起点に事業を育てられた姿勢に多くの学びをいただきました。私たち扇屋商事も、アミューズメント事業で長年培った現場力やマネジメントの知見を生かし、コンサルティング事業にも踏み出しました。仙台駅東口でのeスポーツスクール開設や、AIカメラ「ボルテックス」の総代理店として、地域の安全に貢献する取り組みを進めています。社員の幸福度向上と仕事を楽しむ意識を大切にし、経営側が一方的に方向を定めるのではなく社員の声に耳を傾け、現場の発想から生まれる新規事業にも挑戦していきたいと考えています。地域にとって必要とされ続ける存在であること。その原点を忘れず、コーポレートスローガンである「モア・チャレンジ・カンパニー」を体現していきます。
取材協力:
【プロフィール】
お茶の井ヶ田株式会社 代表取締役社長 井ヶ田健一氏 大学入学時に上京し、東京で就職。25歳で入社し、2012年30歳のタイミングで社長へ就任。
「地域に根ざし、地域とともに成長する企業であり続けること」を軸に、挑戦を恐れない経営姿勢で組織を牽引秋保エリアの活性化を目的とした秋保ヴィレッジの開発など、食を起点とした地域づくりにも積極的に取り組み、観光・交流・産業をつなぐ新たな価値創出に挑戦。
扇屋商事株式会社 代表取締役社長 相田弘美 仙台白百合学園中学・高等学校を経て、上智大学 経済学部 経営学科卒業後、扇屋商事株式会社に入社。
昨年、同社 代表取締役社長に就任し、「モアチャレンジ・カンパニー」の体現に向け事業の多角化を創造する。
※本記事は、2026年1月28日に行われた対談を元に編集構成したものです。
01. WIDEFOOD株式会社
代表取締役 伊藤 直之さん
この度、当社ウェブサイトの特別企画として、扇屋商事株式会社 代表取締役社長 相田弘美と、株式会社WIDEFOOD 代表取締役社長 伊藤直之様との対談が実現しました。長きにわたり地域に根差した「肉のいとう」を、新たな時代に合わせた「食」の総合企業へと進化させている伊藤社長。その挑戦の軌跡と、地域社会への熱い想いを、弊社社長の相田が深く掘り下げます。
地域と共に未来を拓く「食」の挑戦:伊藤社長と相田社長が語る、新たな事業の可能性
「仙台牛ハンドレッドバーガー」に込められた情熱:
地元愛から生まれた逸品
相田: 伊藤社長、本日はお忙しい中、ありがとうございます。実は私、子どものころ「肉のいとう」さんのある米ケ袋に住んでおりまして、母が毎日のように買い物に通っていたんです。親子三世代で「肉のいとう」さんのお肉で育ったと言っても過言ではありません。近年、様々な事業展開をされている中で、最近話題の「仙台牛ハンドレッドバーガー」は、私も大好きで、その美味しさに大変感動いたしました。
伊藤: ありがとうございます。扇屋商事さんには昔から父も肉のいとうを利用していただき、大変お世話になったと申しておりました。ハンドレッドバーガーは、アーティストのMONKEY MAJIKの皆さんと一緒に試作を重ねたんです。特にブレイズさんがハンバーガーをとてもお好きで、「ぜひ仙台牛のハンバーガーを作ってみたい」というお話からプロジェクトが始まりました。仙台牛100%のパティ、仙台味噌をベースにした特製ソース、宮城県産の野菜、そして錦ヶ丘にあるパン店さんのご協力で開発したオリジナルバンズ。MONKEY MAJIKの25周年記念イベントに合わせて、本当に何度も試作を重ね、皆が納得できる商品が完成しました。
相田: MONKEY MAJIKさんとのコラボレーションは、仙台の皆さんの心に深く刻まれたことでしょう。地域を愛する皆様の情熱が、この素晴らしいハンバーガーに凝縮されているのですね。
東京でのキャリアから「食」の未来へ:
伊藤社長を突き動かした「東北衰退の危機」
相田: 伊藤社長はもともと東京で活躍され、Uターンするご予定はなかったとお聞きしております。そこから家業を継がれるという大きな決断に至った思いを、ぜひお聞かせいただけますでしょうか。
伊藤: はい、正直なところ、仙台に戻ってくることは一切考えていませんでした。大学卒業後、ソフトバンクに入社し、経営管理部門で働いていたのですが、入社7年目に東日本大震災が起きました。会社のプロジェクトで被災地に入った際、壊滅的な状況を目の当たりにして、このままでは「東北衰退の危機」だと強く感じたんです。
その一方で、幼少期から親しんできた仙台牛について深く調べてみると、実は非常に質が良く、生産量も多いことが分かりました。しかし、ブランドとしての知名度が圧倒的に低い。なぜだろうと疑問が湧くと同時に、これは全国、そして世界に通用するブランドになれるのではないか、と可能性を感じたんです。そうした思いから、肉のいとうの事業を通して、地元の雇用創出や産業育成に貢献したいという気持ちが募り、家業を継ぐ決心をしました。
相田: 震災がきっかけで、故郷への深い愛と責任感が芽生えたのですね。素晴らしい決断だと思います。すぐに退職して戻られたのですか?
伊藤: いえ、まずは視野を広げ経営を学ぶために2年間ビジネススクールに通い、MBAを取得しました。このステップは私にとって本当に大きな経験でした。多様な業種・業態の同級生たちとのディスカッションを通じて、異なる意見を理解し、自分の意見を効果的に伝える方法を深く学びました。
ソフトバンク時代も、経営管理本部では常に高いレベルのアウトプットを求められ、思考訓練の連続でした。20代の私が他部署の本部長クラスにコスト削減を提案するような場面もあり、いかにロジカルに、具体的な提案と合わせて相手に納得してもらえるかを経験し、非常に鍛えられたと思います。経営者という立場には、交渉力とコミュニケーション力、そして強靭な精神力が必要だと感じていますが、それらは前職とビジネススクールで培われたものだと思います。
相田: 伊藤社長の経験を糧にした、戦略的な学びへの姿勢に感銘を受けました。私ども扇屋商事の基幹事業であるアミューズメント業界は、社会の変化に伴ってニーズが多様化しており、今後、あらゆる世代に向けた新規事業を検討していくことが当社の大きな課題です。伊藤社長の経営手腕と先見の明は、まさに私たちの経営課題とも重なる部分が多く大変勉強になります。
お客様の声が拓く新たな扉:
多角化の先に描く「食」の可能性
伊藤:飲食業に参入した理由の一つは、コロナ禍で飲食店やホテルから当社へ転職してきた人材を活かした事業を始めたかったこと。もう一つは、「お酒を飲みながら肉のいとうのお肉を食べたい」というお客様の温かい声が非常に多かったことです。仙台牛の質には絶対的な自信がありますから、いつかは挑戦したい領域でした。全国的にも有名な今半さんや柿安さんのように、精肉店からスタートして挑戦すべき事業領域は飲食だと考えました。
新規事業を進める上で常に意識しているのは、まずは自分自身でやってみること、そして全体像を俯瞰することです。任せられる人材がいるか、収益性はどうかなど、「やりたい」だけで突っ走らないよう、冷静に見極めています。ソフトバンクの孫正義会長もよく仰っていましたが、撤退のラインを見極める重要性も常に意識しています。思ったように進まない場合に、次の勝負ができる段階で決断することも大切です。
相田:お客様の声に耳を傾け、それを事業の原動力にされているのですね。そして、撤退の基準まで明確にされていることに、経営者としての冷静な判断力を感じます。
地域資源を守り、想いを継ぐM&A:
未来への温かい眼差し
相田:M&Aは互いのリソースを掛け合わせることで、新たなメリットを生み出す重要な戦略だと考えております。伊藤社長も積極的にM&Aに取り組んでいらっしゃいますね。
伊藤:はい、2022年以降、福島県の鶏肉製造加工販売会社、石巻の老舗精肉店、そして岩手県一関の餅料理店のM&Aを実施しました。M&Aで実現できるのは、当社の弱点補強だけでなく、相手企業の課題を解決し、貴重な地域リソースを守ることだと考えています。これら3社は、それぞれ独自の魅力ある商品を持ち、従業員も顧客もいながら、後継者不在という決定的な課題を抱えていました。
M&Aの際に私が最も意識するのは、「元経営者の思い」をつなぐことです。M&Aを行った前社長の皆さんには必ず、「もし20年前に戻れるとしたら、何をしていましたか?」と尋ねるようにしているんです。そうすると、例えば福島県の鶏肉加工会社は、創業56年の歴史がありながら地元での知名度が低いという課題を抱えていました。処理場は一般消費者に見えにくい仕事ですから。そこで、社名を分かりやすいものに変更し、パンフレットや動画を制作してPRに努めた結果、市のふるさと納税に採用され、認知度が拡大しました。
また、一関の餅料理店は、歴史ある旅館から飲食店に業態を変えたものの、高額な建築費による借入負担とコロナ禍での観光客激減に苦しんでいました。70代のご夫婦で経営されており、物販や通販を展開したいという思いがあっても、人手や設備、ノウハウが不足している状況でした。その「やりたかったけどできなかったこと」を、WIDEFOODのリソースで実現できないかと検討し、実際に事業再構築補助金を活用して物販や通販の立ち上げを進めています。
相田:元経営者の方々の「思い」に寄り添い、それを自社のリソースで実現されていく考え方に深い感銘を受けました。単なる事業の拡大に留まらず、地域に根差した企業の歴史や、そこで働く人々の生活、そして何よりも前社長の「夢」を未来へとつなぐ、温かいM&Aですね。私たちもまさに全く同じ想いです。
「100のやりたいこと」のその先へ:
地域と共に未来を創造するパートナーシップ
相田:入社時に「100のやりたいこと」という長期経営目標を立てられたとお伺いしましたが、現在の進捗はいかがでしょうか?
伊藤:現在、36個達成しました。この100個は並列ではなく、「一つの扉を開けると、その先に二つ、三つと新たな扉がある」ロールプレイングゲームのようなイメージなんです。例えば、2年半前に最初のM&Aを実施したことは、私にとって非常に重要で大きな扉を開けました。かなりのチャレンジでしたが、決断したことで大きく前進できました。
仙台牛のプロモーションに関しても、かつて宮城県のプロモーション施策に対し、「特別なもの」という印象だけが先行してしまうことを懸念し、より親しみやすい伝え方が必要ではないかと、県に意見をお伝えしたこともあります。代わりに、「スーパーや焼肉店での仙台牛のぼり・シールの設置」「新規取扱店への仕入れ価格補助」「消費者への割引還元」「宮城県外の著名人をアンバサダーに起用する」といった具体的な提案をしました。他の有名ブランド牛との比較が不足していた点も指摘し、通販サイトのライバル企業を集めて「仙台牛」というキーワードでの検索数向上を図ったこともあります。これからの目標としては、売上100億円を次の「大きな扉」として設定しており、その先には上場やM&Aの加速、必要な人材の充実といった、さらなる扉が開くでしょう。
相田:具体的なご提案と、その実現に向けてのアクション、そしてその先のビジョンまで明確に語られるお姿に、伊藤社長の「地域への並々ならぬ貢献意欲」と「未来を切り拓く力」を強く感じました。
私が昨年12月に扇屋商事の代表取締役社長に就任した際、「人が集い、心が豊かになれるコミュニティを提供したい」という思いを掲げました。近年、社会課題となっている「社会的孤独」の解決に貢献したい。子どもから高齢者まで自由に集い、コミュニティが広がる複合施設、充実した時間を過ごせる場の提供など、夢は広がっています。例えば、廃校となった小学校を改装して、子供から大人までが楽しめる宿泊施設や体験型のアミューズメント施設にするなど、伊藤社長のお話からも新たな発想をいただきました。
「肉のいとう」さんが、これまでの地域に愛される精肉店から、食の総合企業へと力強く進化されているように、私たち扇屋商事もコーポレートスローガンである「モアチャレンジ・カンパニー」の体現に向け、基盤であるアミューズメント事業の充実に加え、地域の皆様と手を携えて互いのリソースを活かせるM&Aや多角化により、地元仙台をより充実した街に、明るい街の未来に貢献していきたいと強く願っております。
対談を終えて
相田:本日は伊藤社長の発想力、行動力、そして何よりも地域への深い愛情に大変感銘を受けました。多角化戦略の真髄から、M&Aにおける元経営者の「思い」の継承、そして仙台牛のブランディングへの提言に至るまで、大変貴重なお話を伺うことができました。これからもぜひ、伊藤社長から多くのことを学ばせていただきたいと存じます。本日は本当にありがとうございました。
取材協力:
株式会社WIDEFOOD 代表取締役社長 伊藤 直之 氏 大学卒業後、ソフトバンク株式会社に入社。経営管理部門を経て、東日本大震災を機に故郷である仙台へUターン。家業である「肉のいとう」を株式会社WIDEFOODとして法人化し、代表取締役に就任。MBAで経営を学び、精肉販売、通販、惣菜、飲食店経営、M&Aなど多角的な事業展開で「食」の未来を創造する。
扇屋商事株式会社 代表取締役社長 相田弘美 仙台白百合学園中学・高等学校を経て、上智大学 経済学部 経営学科卒業後、扇屋商事株式会社に入社。
昨年、同社 代表取締役社長に就任し、「モアチャレンジ・カンパニー」の体現に向け事業の多角化を創造する。
※本記事は、2025年6月17日に行われた対談を元に編集構成したものです。